コラム
中国駐在「前任はこうだった」をどう乗り越える?
中国拠点を後任者として受け継いだ場合、前任の駐在員との比較は避けられません。キャラが違うのに無理して路線を踏襲すべきなのか、やり方が変わっても独自色を出していいのか、悩むところです。前任者とのスタイルの違いをどう乗り越えるか、私の見方・考え方をお伝えします。
記事の末尾に動画リンクがあります。
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現在、ほとんどの中国赴任者は2代目以降でしょう。日本のオーナー企業の跡継ぎなら何年も先代と比較され続けるのは当たり前ですが、中国のような海外拠点の場合、駐在員は3〜5年のスパンで入れ替わるため、何年も比較を引きずることはあまりないと思います。
となると、勝負は最初の半年〜1年。「前任者よりもすごい」なのか「前任者はよかった」なのかによって、その後のマネジメントがやりやすくなったり、やりにくくなったりします。
前任者との比較は避けられない
いい意味でも悪い意味でも、前任者との比較は必ずされます。「するな」とは言えないので仕方ないです。自分だって上司が入れ替わったら比較しますよね。
結果、追い風が吹くこともあれば、いつまでも「前任者の方がよかった」と言われて距離が縮まらないこともあるかもしれません。
前任者のやり方を継承していく場合も、刷新する場合も、比較されていることを常に自覚する必要があります。
比較されたときの注意点
こんなことを言われます…その1
比較されるときによく出てくるのは、
「前任者のときにはこういう風にやっていました」
「前任者の指示でこうしています」
「前任者は承認してくれました」
みたいな話。特に着任直後の半年までに多いです。
注意点① 都合のいいところだけ比較している
こういう話は都合のいいところだけ比較していないか、見極める必要があります。例えば「前任者のときは賞与が高かった」と言われたとしましょう。しかしそれは前任者のときは単に業績がよかったからかもしれません。こうして現在とは前提が違うのに、それには触れず結果の違いだけを言い立てたりします。
各種手当をなくして基本給を上げるなど、総額は同じだけど内訳を変える改革を前任者が行った場合、総額は変わっていないことは隠して「前任者は基本給をアップしてくれた」(または「前任者は不当に各種手当を廃止したので戻してほしい」)とだけ言ってくるケースもあります。
それから、都合のいい切り取りにも注意です。前の前の赴任者の時代は業績が悪くて賞与も低かったとしても、彼らはそれを出しません。自分たちにとって都合の悪いところはしれっと黙って、都合のいいところだけ「前任者の方がよかった」。これを鵜呑みにするのは危険です。
注意点② 事実とは限らない
これは私も何度も遭遇してきました。「前任者はこのやり方でした」と言うから前任者に聞いてみると、「いやいや、僕も直すように注意したよ」と言われたりする。何でも真面目に取り合う方がいいとは限りません。
こんなことを言われます…その2
「重用/疎外される人が変わった」
駐在員も人間ですから、当然、主観が入ります。自分の方針や価値観もある。前任者と後任者で評価する人/しない人が変わることはよくあります。ただし、気をつけないと「あ、この人はそういうタイプが好きなのね」と思われてしまいます。こういう噂は(直接は言ってこないでしょうが)、ものすごく広がります。
「制度やルールを刷新した」
新任者が制度やルールを新しくすると、前任者のときにはこうだったのに、新しいことをやり始めたと言われます。
「付き合う業者を変えた」
前任者はこういう業者と付き合っていたが、後任者が来たら業者が入れ変わった、みたいに言われることもあります。
注意点③ 専政者の交代と理解されがち
中国のような社会においては、ボスは絶対的な専制者です。ボスが入れ替われば下も入れ替わり、ルールも変わり、全部リセットされる。歴史的に、中国ではトップが入れ替わったら大きな変化が起こるものです。
駐在員の交代もそれと同じように見られがちです。自分たちが馴染んでいるストーリーを当てはめれば、駐在員=自分の好き嫌いで決める独裁者。全然そんなつもりはないのに、何をしても「こういうタイプが好みで、こういうタイプはお好きではないのね」と周囲から判断されてしまいます。
注意点④ 群がる人と距離を取る人
独裁者/絶対的なボスだと思われると、好き嫌いを見定めてお気に入りになろうと群がってくる人たちがいます。
何か処分をすると、周囲は「こういうことはお嫌いなんだな」と理解し、似たようなことをご注進にやってきます。関係が悪い同僚を売ったりして自分を認めてもらおうとする。実はあんなことをやってましたとか、こんなことが起きましたとか、とんでもない話がどんどん出てきます。
そうやってワーッと群がってくる人もいれば、それを冷ややかに見ている人もいます。どちらがどういう人材かはわかりませんが、前任者と比較した結果、アクションが大きく変わる人たちがいることは一つの注意点です。
こんなことを言われます…その3
こんなこともよく言われます。
「今度来た人は日本語でしか話さない」
「日本人としか話さない」
「現場に来ない」
「本社にお伺いばかり立てる」
「自分で決断できない」
もちろん逆もあります。前任者は日本語ばかりしゃべっていたけれども、今度来た人は中国語でも話しかけてくれるとか、前任者は日本人とばかりつるんでいたけれども、後任者は全然そういうことがないとか。悪い方ばかりではないです。
注意点⑤ リーダーシップの優劣判断は致命的
こうした比較は、どちらのリーダーシップが優れているかを比ベています。これは気をつけなければいけません。
リーダーシップとマネジメントは別物です。ざっくりまとめると、理屈ではなく、本人の気迫やオーラ、語る言葉で周囲を動かすのがリーダーシップで、ルールをきちんと整理し、その通りにしっかり回していくのがマネジメントです。
(↑リーダーシップとマネジメントについてはこちらの動画をどうぞ)
中国的な社会で生きる人たちは、マネジメント力よりリーダーシップの有無でボスについていくかどうかを判断します。
だから本社にお伺いを立ててばかりいると、「実際にここを握っているのは日本の役員だな」と思われ、駐在員はリーダーとして扱われなくなります。
逆もしかり。前任者がリーダーシップを発揮できていなかったなら、後任にとってはチャンスです。自分はマネジメントだけではなくリーダーシップを発揮しよう、自ら決断して皆を前に進めようという姿勢があれば、前任者よりも追い風が吹きやすくなります。
いずれにしてもマネジメントよりリーダーシップを値踏みされていることに注意してください。リーダーシップがないと思われたら、肩書きがどうだろうと心服はされません。バカにされ、いろんな問題が起きます。これは最も重要な注意点です。
比較との向き合い方
前任者との比較に対する向き合い方、どんなところに気をつけて組織を動かしていけばいいか、前述の5つの注意点について整理します。
半年は観察・確認
都合のいいところだけの比較、事実とは限らない報告(注意点①②)は、特に赴任後の最初の3か月から半年ぐらいでいろいろ出てきます。
最初の半年間は、現地社員が持ってくることにびっくりしたり衝撃を受けたりするかもしれませんが、ポーカーフェイスを貫きます(無表情とは違いますよ)。
いちいち報告に飛びつかない。ハッタリや揺さぶりなのか、本当のことなのか分からないのに、いきなり乗っかるのは危険です。赴任後3か月から半年程度は、持ち込んで来た人たちをじっと観察し、必要に応じて持ち込まれたことに対する確認を取っていきましょう。
裏取り手段を確保
現地社員が言っていることだけで判断するのは高リスク。赴任後半年から1年ぐらいの間に、自分で裏取りできる手段を少しずつ確立することも大事です。
前任者に確認してもいいでしょう(これまでの駐在員は前任者とは引き継ぎが終わったら連絡を取り合わなかったかもしれませんが)。客先や取引先、私たちのような外部の人間に聞くこともできます。
「周辺もこの価格です」「他社もみんなこの手当を出してます」などと言われ、本当かなと思ったら、部下や人事に命じて調査させるのではなく、自分で近隣の日系企業のトップに話を聞いたり、日本人会の集まりなどに出て裏を取ります。部下を経由しない独自の裏取り手段という点が重要です。
こうすることで、現地社員は適当なことを言えなくなります。「前任者はこうでした」と言われたとき、本当にそうなのか前任者に確認できれば、「確かにそうだった」ということもあれば、「いや違う」ということもあると分かります。
そうすれば「前任者はこうでした」と適当に言ってきても弾き返せます。「確認したけど、自分はこう理解したよ。間違ってるなら、もう少し客観的な状況を詳しく聞かせて」と突っ込む。普通の社員なら「あ、ヤバい」と思います。
「前任者よりユルそうだ」と舐められないためには、ご注進にすぐ飛びつかないということと、自分なりの裏取り手段をつくることが大切です。
先に旗・基準を示す
専制者の交代とみなされて(注意点③)、好き嫌いで動いていると思われるのは困りもの。これも半年間は観察・確認に徹することで回避できます。
現状把握もできていないうちから動けば、駐在員の好き嫌いや趣味でやってると思われても仕方がない。じっくり実情を把握する期間は必要です。
その上で、何かを変えたり止めたりする前に、会社が置かれている状況をしっかり示してください。事業環境、前任者・前前任者の時代からの変化、日本側のグローバル経営方針の変化などを語り、これから3年、5年、10年で、こういう方向に向けて大きく舵を切っていかなければいけないという「旗」をまず立てます。
そこへ向かうためには、組織をこう変えなければならない。大方針の変化を踏まえると、これから部長にはこういう仕事、課長にはこういう仕事をしてもらわなければいけない。だから人事制度を見直します、あるいは適材適所でポジションを調整します、と最初にはっきり宣言します。それから基準に照らして運用すれば、好き嫌いで人事を決めているとは言われません。
万一そのように言われたら、基準に立ち返って、なぜ彼が部長に抜擢されたか語ればいい。彼はこういうところで、こういう実績を積んできたので、制度に基づいて、今回は部長にチャレンジしてもらう、と説明します。
さらに、まずは1年限定で部署のミッションに向けて取り組んでもらい、その結果を見て正式な昇格を判断すると言明しておく。そうすれば、アイツはお気に入りだからとか、自分は嫌われているといった変な誤解や、それによる派閥など、人間関係のドロドロは減らせると思います。
薬と毒を間違えない
駐在員に群がる組と距離を取る組の分裂を回避するには(注意点④)、繰り返しになりますけれど、半年間は観察します。
社員の動きを見て、この人は無愛想だけど会社のことを考えているとか、この人は調子はいいけど裏では全然違う顔を持っているとか、しっかり見定めます。3か月ぐらいは猫をかぶり通せる人がいるので、半年は欲しいところです。
その上で、自分と合うか合わないかだけで判断しない度量も必要です。薬には苦いのもあるし、飲んだらビリビリしてやっぱり毒だったというのもあるし、毒か薬か紙一重の場合もあります。自分の耳に心地いいことを言ってくれるか、耳ざわりの悪いことを言うかだけで判断してはいけません。
ここはリーダーシップとも関わってきます。大多数の静かな社員たちは、登用される部下/疎まれる部下を見て、トップが人を見る目をジャッジしています。
「あの人は本当に会社のためを思っている」と内外から人望を集めていた社員を軽んじてしまったり、外面はいいけど全然実行を伴わない人、すぐ部下に丸投げして周囲から疎まれている人を側に置いたりすると、人心は離れていきます。
もちろん、人を見極める力はすぐには養えないので、赴任3か月以内にいきなり人事に手を入れたり、制度を変えたりということは控えた方が無難だと思います。
リーダー術を駆使
最後はリーダーシップの優劣判断(注意点⑤)について。リーダーとしてのあるべき姿(リーダー道)は時間をかけて学ぶべきことで、現地に行ってから急激に高めるのは難しいです。
でも、スキルとしてのリーダー「術」であれば、着任してすぐに発揮できます。具体的には、呉起と孫武という、中国でも非常に有名な軍略の天才たちが使ってきた手段が参考になります。
(↑リーダー道とリーダー術についてはこの動画をどうぞ)
リーダーとしての器を磨くより前に、リーダー術を駆使して、最初の1年を乗り切ってもらえればと思います。
今日のひと言
比較には罠も力量見極めも潜んでいる
前任者との比較には、罠もあり、力量の見極めも潜んでいます。
過度に左右されるのも問題ですし、かといって「今回の人はダメだな」というレッテルを放置するのもよろしくありません。
前任者のやり方を強く意識する必要はなくとも、前任者と比較しがちな一般社員の目があることは理解して振る舞う方がいいと思います。
変に反発して違うことをいきなりやろうとするのも、変に前任者を継承するのも、私としてはお勧めしません。
現状と会社方針を踏まえ、旗・大義名分を立て、基準をはっきりさせた上なら、結果的に前任者と同じ路線をたどっても、大きく変えても大丈夫。現地社員たちは、次第に前任者との比較から離れ、あなたが示した旗や基準を見るようになります。それまで1年、打つ手を打ちながらじっくり進めましょう。
2024.06.28 note
この記事を書いた人
多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。
事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。