コラム

新任駐在員の皆さんへ…メンタルの守り方

2024年08月09日
中国駐在…変化への適応さもなくば健全な撤退

変化が激しく不確定要素の大きな中国の事業環境で、新任駐在員が日本的な生真面目さを全開にしたら、メンタルをやられることは確実です。

とはいえ、現地でゆるい管理をしようものなら、完全に足元を見透かされて手抜き・規律崩壊・不正増長を招きます。

今回のテーマは変化への適応。新任者が駐在期間をどうスタートすればいいのか、「心の持ちよう」に焦点を当てて考えていきます。

 

毎週水曜に配信するYouTube動画のテキストバージョンです。
小島のnoteをこちらに転載しています。

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メンタルを削ぐ罠

言葉が通じない

中国現地にはメンタルを削ぐ罠や落とし穴がいっぱいあります。筆頭は言葉が通じないことでしょう。

上海のごく一部、ほとんどの現地社員が日本語か英語を話せるようなオフィスに赴任する人を除き、大半の駐在員は言葉が通じない経験をすると思います。これはどういう局面においてもネックになります。

職場で英語や日本語が通じるラッキーな人も、一歩外に出れば同じ。中国語でしゃべらない限り、なかなか意思疎通は難しいです。

生活環境の罠

次に生活環境です。仕事以前に、生きていくベースを整える段階でいろいろなハードルがあります。

【住居の不具合】
ぱっと見は立派な高級マンションで、最初は「豪華で広いところに住めて悪くないな」と思うかもしれません。が、実は普通に生活できる環境なら運がいい方です。

私も赴任当初の2〜3年は洗礼を受けまくりました。
・家に帰ると下水があふれていて床が水浸し。
・備え付けの洗濯機から異音。水だけで回してみると中がどす黒い。
・お風呂の給湯器からお湯が出なくなる。
・電気が突然ショートして落ちる。
・エレベーターが停電、両手に荷物を抱えたまま20階以上登る。
……まだまだあります。

最初のうちは会社でも気を張っていますから、疲れて帰ってきて「やれやれ」と一息つきたいところで新たな戦いのゴング。普通に寝られて食事ができればいいのに、それができないのはつらいです。

さらに管理人や大家に連絡してもすぐ対応してもらえるとは限りません。秘書や通訳担当に中継を頼めない場合、中国語での説明や交渉はハードルが高すぎます。さらには、中国流の交渉方法で要求しないと取り合ってもらえなかったり、不具合をこちらのせいにされたりします。まさにバトルです……。

【食べ物の悩み】
食べ物の悩みは2種類あります。一つは、日本食がなかなか食べられないこと。

上海や北京などの都会なら日本食材も難なく買えるし、日本の地方都市以上に有名レストランやラーメン店が軒を連ねるエリアもあります。

しかし大半は違います。日本と同じ食材は手に入りにくく、日本料理店はあっても現地風にアレンジされていて、同じ物を食べるのは難しい。コロナ下など物流が混乱すると、日本から送った荷物が何か月も届かないこともあります。

もう一つは、現地の食べ物が口に合わないことです。

私は幸いにもおいしく食べられる性質だったのでよかったものの、「辛いものがだめ、油がだめ、味付けがだめ」という人もいます。食べ物は健康や体力の基礎。食事が合わない、楽しめないというのは、長くなるほどストレスやダメージが溜まっていきます。

【買い物がストレス】
中国はオンラインショッピングが発達しています。店に行くことはほとんどなくて、食材も日用品も基本的にネット通販です。

ネットで注文するとなると、全部中国語のやりとりになります。ポチッと押して決済するだけならともかく、注文時に確認しなければいけない場合や、返品したい、商品が間違って届いたという状況では、外国人のハードルが上がります。

街場に出れば、当然日本語は通じません。指さしで買おうとして、少しでいいのに大量に包まれてしまったり、確認したくてもできなかったり、相手にガーッと言われても何を言ってるかわからなかったり……。

稀に中国の街場でのやりとりが好きという赴任者もいますが、中国文化を求めて来ている留学生とは違い、駐在員は社命で来た人がほとんど。ショッピングが息抜きどころかストレスになるのはきついです。

【移動が大変】
地下鉄が発達している都市はまだいいです。2024年現在、中国のタクシーは流しで拾うことは少なく、ほぼアプリで呼びます。

イレギュラーがなければ車中の会話は不要なので大丈夫ですが、運転手(車)が急きょ交代になった、行き先付近が工事中で停められない、間違えて似た行き先を指定してしまった、高速料金や駐車料金の払い方を聞かれた……などが発生すると、基本的に中国語のみの世界。途端に血圧が上がります。

面倒くさいから歩こうとしても、中国は車優先で都市設計されているのか、歩行者に優しくない。危険な場所もありますし、街の規模が日本より大きいので歩くのも疲れます。

【情報収集】
ご存知の通り、中国は情報に関していろいろな法律規制があり、日本語で情報収集できる環境は自己責任で確保することになります。

テレビ、動画、DVD、書籍、音楽、それからSNSなどコミュニケーションツール。なるべく日本語環境を整備したいところですが、グレーゾーンな手段もあり、日本と同じというわけにはいきません。ある日突然つながらなくなることもあります。

日本にいたときは湯水のように溢れていた情報が、中国では途端に遠くなります。インフラ確保に苦労する、確保できなくて情報取得が困難になる。いちいちストレスがたまります。

【医療ハードル】
医療にはなるべくお世話になりたくないものですが、大事でなくとも、歯の詰め物が取れた、虫歯が腫れた、お腹が痛い、高熱が出たなど、何かと病院に行く機会は発生します。外国での受診ハードルは経験者ならわかりますよね。

中国では現地の人たちでさえ「病院は大変」という認識があります。外国人はもっと大変なので、フルアテンドしてくれる会社なら外部の医療アシスタンスサービスを使っているはず。そうではない会社だと、社員に頼んで連れて行ってもらう必要があります。

自分だけで何とかするのは相当大変ですし、非効率です。そもそも医者や担当者がなんて言っているかも分かりません。

【娯楽がない】
こんな感じで駐在生活はとにかくストレスフル。息抜きがしたくとも、中国では日本と同じような娯楽はなかなかないです。

現地の文化が大好きという人は外に出ても楽しめますが、そうではないとどうしても家にこもりがちになります。ストレスの発散場所がありません。

また、夜の世界など法的にグレーな娯楽場は、外国人にとってリスクがあります。公安が踏み込んできて拘留された、美人局に引っかかって脅された、投資詐欺に遭ったといったトラブルは、私も年に何度か相談を受けます。

【話し相手が限られる】
リアルに話せる相手も限られます。駐在員なら会社や仕事関係で話が合う人と知り合えるかもしれませんが、帯同家族は話す相手を見つけるのも一苦労です。

オンラインの手段を確立できていれば、日本にいる人たちとやりとりできます。ただ、ネットワークの調子が悪くてつながらない、ブツブツ切れる、途中で落ちるということはあります。

この辺りもじわじわとストレスが重なっていきます。

【単身赴任と家族帯同】
単身赴任だと家族と離れ離れになり、食生活や生活面のリズムが変わります。愚痴を言える相手もいません。

帯同家族も大変です。子供の学校だって日本とは勝手が違います。現地の日本人コミュニティに溶け込めないこともあるでしょう。そもそも日本人が近隣10キロ圏内にいるかどうか…という地域さえあります。

家族を置いて赴任した人も、家族を連れて来た人も、帯同してきた人も、それぞれにストレスがあります。あるいは家族のストレスを解消してあげられないことが自分自身のストレスになったりもします。

社内関係

【現地社員の関わり】
駐在員のメンタルを削ぐ罠や落とし穴は、社内関係にもあります。まず現地社員です。若い駐在員だったら上司も部下もいるし、同格の同僚もいる。上の立場で赴任すると、さまざまな部署の部下たちと接さなければなりません。

【上司対応】
中国人上司ではなくて日本人の上司です。自分と相性がいい上司、理解のある上司だったらいいですが、波長が合わなかったり、パワハラ/飲みハラ気味な人に当たったりするとつらいです。

日本の職場では、上司と合わなくても他に逃げ場所があったはず。でも、それほど大きくない現地拠点だと上司は特定の一人、せいぜい数人です。任期が終わるまで関係が固定したままとなると、上司が大きなストレス源になることもあります。

多いのは、上司が酒好きで毎日飲みに誘ってくるケース。単身赴任で暇なんでしょうが、付き合わされる方はたまったもんじゃありません。月に1回だったら耐えられても、ほぼ毎日となるとものすごいストレスがたまります。

【合弁会社】
合弁相手やその派遣者と密接に付き合わざるを得ない場合、距離感が難しいです。大事な取引先である場合も同じです。

商習慣

【乾杯文化】
中国の乾杯文化はしんどい。中国語では「干杯」と書きます。文字通り、杯を干さないといけません。しかも酒の度数が高い。まったく苦にならない人もいますが、飲めない人にとっては苦痛です。だいぶ減りはしましたが、特に業者との取引などではまだ根強く残っています。

【取引慣行】
中国の独特な取引慣行に馴染めず、悩むことがあります。

現地に頼もしい社員がいれば、自分は同行するだけで基本的には中国人同士、中国語でワーッとしゃべって話をまとめてくれたりして、ありがたいですけど、こっちが上司の立場だと肩身が狭いですよね。

どんな話になっているのか全然わからない、自分が相手の視界に入っていない気がするとなると、「オレは何のためにここに来てるんだ?」「こんな状態で、どうやって仕事していけばいいんだ?」と悩んでしまいます。

2000年代初め頃までの中国では、日本人駐在員が決裁権を握っていることが多かったため、お互い日本人同士でやりとりをして、日本語ベースで物事が決まり、受注・供給できるというビジネス環境でした。

いまも日本語が話せる、日本人であることが強みになる地域がないとは言いませんが(中国以外のアジアとか)、中国は商談相手が中国人のことも多いですし、交渉は中国語で当たり前という世界に放り出されてしまうと大きなストレスです。

【駆け引き】
中国流の駆け引き、私は苦手な方じゃないですが、ときどき疲れて面倒くさいと思います。好きじゃない人は全然馴染めないでしょう。

住居の不具合もそうですが、明らかに先方の落ち度でも、こっちから相手をつかまえて食ってかからないと何ともなりません。日本なら電話一本で済むことを、向こうが根負けするまで要求しないと物事が進まない。

仕事でも、契約書にしれっととんでもない条項が入っているとか、事前に取り決めたにもかかわらず、気づくと違う条件で供給されているなんてことはザラです。

「違うでしょ?」とツッコミを入れれば、「あ、すみません」とはならず、とりあえずあーだこーだ言ってきます。交渉事にストレスを感じる人にとっては本当にしんどいです。

ゼロコロナの反動:一気にカオス

中国のゼロコロナ政策は事実上、2022年の11月から12月にかけて終焉しました。ゼロコロナにおける巨大なストレスはなくなったのですが、その反動もすごかったです。

世の中が右端から左端に振り切ったぐらい大きく変化してしまい、2023年前半ぐらいまではカオスでした。明確なルールがなく、誰も経験したことがない状況でてんやわんや。刻々と状況が変わり、対応するマニュアルも前例もない。この頃赴任した人たちは、自分たちで走りながら考えていくしかない状況に放り込まれて大変な思いをしました。

こうした極端な状況下では、周囲の人たちに余裕がありません。運がよければ懇切丁寧にサポートしてくれますが、そうではないと相談相手もいないまま、自分で何とかしなければならない状態でいきなりスタートすることになります。

……メンタルを削ぐ罠はまだまだあります。ここに挙げただけでも、ストレス源がそこら中にあることは伝わったと思います。特に赴任当初の駐在員は、ストレスの塊になってしまってもおかしくないです。

メンタルの守り方

こんな環境で、どうすればメンタルを守れるでしょうか。SOSを出しても、周囲に余裕がなければ助けてもらえるとは限りません。手を差し伸べてくれる人がいたらラッキーですが、期待していると裏切られてさらに苦しみます。

だから、最初から自分のメンタルは自分で守るという発想でいた方がいいです。私が特に赴任当初の3か月〜半年にお勧めしたい方法は次の3つです。

メンタルの守り方① 吐き出す

たまったストレス、不満、毒を吐き出す場を持ちましょう。我慢してため込んではいけません。毒は身体にもメンタルにも回ります。

現地のリアルなコミュニティの中ではなかなか吐き出す機会がないので、さっき言ったグレーゾーンの手段を確立しなければいけません。

XとかFacebookみたいなSNSを眺めていると、同じような立場で苦しんでいる人たちが、同じようにガス抜きをしているのに遭遇します。「もっと大変な人もいるんだな」「みんな最初の頃はこうなんだ」「この人みたいに対応してやろう」と、それで癒されることもあります。

誰かの愚痴を見たり聞いたり、自分でも出したりして、心のバランスを取る場を持つことは大事です。

SNSが苦手なら、帯同家族や気の置けない友達など、毒を吐き出すことができる相手や場なら何でもいいです。「愚痴をこぼすのはよくないこと」と思わずに、自分の中から毒を出してしまいましょう。

メンタルの守り方② 受け流す

現地で遭遇することをまともに受け止めていたら身が持ちません。ひとつひとつ誠実に対応しよう、日本人なんだから日本のマナーや文化を守ろうなんて、中国では考えなくていいです。

とんでもないことに遭遇した時には、モロに衝撃を受けてへこむのではなく、受け流しましょう。

ポイントは「頑張って受け流す」ことです。日本だったらあり得ないけど、ここは日本じゃないからいいんだ、自分が悪いわけじゃない、自分がおかしいわけじゃない、と思い込む。努力してまともに受けないようにします。

すべてに丁寧に対応していると身が持たないので、雑でいいです。雑でいいと割り切る自分自身に対して落ち込む必要もないです。

それぐらいの心持ちでないと異文化環境下では心のバランスを保てません。自分を守るための正当な行為として、受け流してしまってください。

メンタルの守り方③ 開き直る

拠点の責任者で赴任しても、中間管理職的な立ち位置でも、本社や客先、上役からいろいろな要求・指示が飛んできます。

その中には無理なこともたくさんあります。特に最初の3か月〜半年には、無理なこと、あるいは頑張ってやってしまわない方がいいことがいっぱいあります。

だから来て早々に、急に言われても無理なことをいきなりやれと言われたら、「無理です」と開き直ってください。

「一つずつやっていきますが、急にはできません」「そこまではできません」と開き直ります。何言ってんだと怒られたら、誰かのせいにしてください。「小島が無理だと言ってました」と私のせいにしてもいいです。とにかくまともに受けちゃダメです。

言ってる人間にできないこと、明らかな無茶振り、OKY(お前が来てやれ)と言いたくなるようなことを命じられても、ド真面目に受け取る必要はないです。流してもいいし、開き直ってもいい。トンデモな命令は毒ですから、どこかで吐き出してください。

私は心の底から思いますが、駐在員が心身の健康を害してまでやる価値のある仕事はありません

冷静に考えてください。そりゃ社命で赴任してるし、会社も結構な費用を負担してるし、それなりに期待もしてるでしょう。現地での役割もあります。

でも、その事業、業務、役割は、本当に命を削る価値がありますか?

駐在任期はせいぜい2年から4年。自分の前任者と後任者が同じように命を削って仕事しなければ、自分の代で瞬間的に上がったって、どうせまた下がります。そう考えれば、命を削ってまで取り組む必要なんてないです。

これも怒られたら、「小島が言っていた」と人のせいにしてください。

ちなみに、私は機会があれば、駐在員の上司にも「こんな仕事のやり方はない」「そこまでさせる必要ないでしょ?」「メンタル不調になったり体調を崩したら、あなた責任取れますか?」とはっきり言います。

新任者は特に我慢しなくていいです。毒を吐き出し、とんでもない事態は受け流し、無理な命令には開き直ってください。

半年は観察と適応に使う

それでも適応する努力だけはしながら半年も過ぎれば、だんだん的確なあしらい方、ツッコミ方、切り返し方を覚えます。

1年ぐらい経って現地に適応したら、能力や持ち味を発揮してほしいですが、着任直後の3か月から半年ぐらいまではそんな必要はないです。

着任直後の半年間は、現地の観察と適応に当ててください。

半年までは余計なことはしない。いきなり改革したり、新しいことを始めたりせず、適応期間に当てましょう。何にもしないのではなくて、現地の現実と現物を観察しましょう。慣らしていって、半年過ぎたら少しずつ現地社員との関係を構築し、2年目からが勝負です。

3000mを超えるような高地に行けば時間をとって身体を順応させる。何十年もロクに運動してなかったところへランニングを始めるなら、最初はウォーキングや軽いジョギングから始める。海外赴任時も同じです。

これ、私はもう15年ぐらい言い続けてます。駐在員研修でも言ってますし、日本側にも強調してます。これで大丈夫です。半年までは無理しないでください。

今日のひと言

削られて当然 HPに気をつけて

中国ではメンタルは削られて当然です。見てきた通り、削られる要素がいっぱいあります。

ロールプレイングゲームでHP(ヒットポイント)が0になると死んでしまいますよね。自分のHPに気をつけて「えぐられてだいぶ減ってきたな」と思ったら、あえて気持ちをゆるめて、毒を吐いたり、聞き流したり、開き直ったりしてください。

少しでもリラックスできること、気力体力を回復することをして、自分の時間を取ったり、自分にご褒美をあげたりする。HPが回復したら、また少しずつ現地に慣れていく。これを繰り返します。

ライフゲージが減り続けて危険水域に入らないように、自分のために放置しないでもらえたらと思います。駐在員が命を削る価値のある業務や事業は存在しません。上司や日本側は無責任に言ってきますが、彼らも命をかけるほどの覚悟は持ってないですから。気にする必要ないですよ。

この記事を書いた人

小島 庄司Shoji Kojima

多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。
事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。