コラム

なぜ人事評価の信頼性は低いのか【中国駐在サバイバル】

2025年02月14日
中国駐在…変化への適応さもなくば健全な撤退

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今回は人事評価で評価者が陥りがちな典型的問題から、なぜ人事評価が信頼できないのか、問題提起します。評価の妥当性・公平性が確立できなければ、いくら評価と連動した処遇制度を構築しても機能しません。

人間が人間を評価するがゆえの問題ですから、その多くは国を問わず存在します。中国の現場でも「管理者から上がってくる評価が信頼できない」話は本当によく見聞きします。今回の話で「あ、まさにウチのことや…」と思う駐在員は多いかも。問題提起するということは対策もあります!

毎週水曜に配信するYouTube動画のテキストバージョンです。
小島のnoteをこちらに転載しています。

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評価制度の問題点

私は普段から人事制度づくり・人事制度の活用をお手伝いしています。その観点から評価制度の問題点をまとめると、大きく3つだと思います。

①評価表
評価表の内容そのものが適切でない。会社の方針や求める人材像と一致していない、評価者によってばらつきが出やすい、評価される側が納得感の得にくい内容になっている…など。

②評価者
評価者による評価のつけ方が適切でない。評価表の内容に基づかず自分の感覚や好き嫌いで評価している、結論ありきで評価している…など。

③多次評価
自己評価→一次評価者→二次次評価者→最終確定、と各階層で調整が入るうちに評価の信頼性・腹落ち感がどんどん削られる、最終的にどう評価が決まったのかフィードバックできない…など。

今回は②の「評価者」に焦点を当てて考えてみます。

典型的な評価者の問題群

「評価者に典型的な問題がある」ということはかなり前から言われています。私が中小企業診断士の勉強をしていた2000年前後のテキストにも取り上げられていて、今回は懐かしく思いながら整理しました。過去に組織管理・診断士・MBAなどの勉強をした方も、同じように感じるかもしれません。

前々から指摘されているということは、もう何十年も解決できていないとも言えます。表層は時代によって変化しても、本質は簡単には変わりません。一つずつ見ていきましょう。

問題① 寛大化傾向

評価を全体に甘めにつけてしまう問題です。上司が優しいからということもあるし、部下に文句を言われたくないからということもあります。

問題② 厳格化傾向

①の逆パターンです。職人気質な上司に多く、まだまだなのに甘い点数をつけたら勘違いして伸びなくなるからと、全体に厳しい評価をしてしまいます。

問題③ 中心化傾向

いい方にも悪い方にも極端に振るのをためらい、何となく評価を真ん中に寄せてしまう傾向です。

問題④ 極端化傾向

③の逆で、評価にはメリハリが必要だと思うあまり、高い方と低い方に偏ってしまいます。

問題⑤ 対比誤差(比較バイアス)

同じ社員でも、誰と比較するかによって評価がずれてしまう現象です。ベテラン勢と比べると未熟な部分が目につくものの、経験の浅い人と比較すればよくできていることになる。本来の評価基準に照らしてどうかではなく、比較対象によって評価が相対的に変わってしまいます。

問題⑥ 論理的誤差

それぞれ独立した評価要素であるにもかかわらず、評価者が自分の頭の中で導き出した理屈に基づき、要素同士を関連づけて評価することです。

例えば、「挨拶ができる」という評価要素があったとして、評価者が「挨拶できる人はコミュニケーション能力が高い」とか「挨拶できない人は熱意を持って仕事に取り組めない」などと論理的に考えた結果、他の評価要素にも挨拶を結びつけてしまいます。

よく考えると別々の問題なのに、自分の中でつなげてしまって、事実ではなく論理で評価してしまうのが論理的誤差です。

問題⑦ 順序効果

どういう順番で評価していくのかによって結果が変わることです。M-1グランプリなどお笑いの賞レースが典型的ですね。誰々の直後でなければ、トップバッターでなければ、というのはまさに順序効果です。

問題⑧ ハロー効果(ホーン効果)

光源の近くに手をかざすと、後ろの影が大きく映ります。このように、特定の要素や特徴に引きずられて全体の評価が歪むことです。

自分が重視している特徴を持っている人の評価は全体的に高く、逆に「これは絶対できなきゃダメ」と思っていることができない人は他の要素も低くつけてしまいます(私が学んだ時代はいい方も悪い方も含めてハロー効果といっていましたが、今はネガティブな方はホーン効果という言い方もあるようです)。

問題⑨ 自己投影バイアス

自分自身を評価基準に投影してしまい、合理性を欠いた評価をするという問題です。本来、評価基準と自分は無関係。会社が定めた評価表の基準通りに評価しなければなりません。しかし、つい自分に照らして、自分もできることは評価基準が厳しくなったり、逆に自分の苦手な領域が得意な人は高く評価したり、といったことが起きます。

問題⑩ 親近効果・類似性効果

親近効果とは、日頃からの人間関係が評価に影響することです。仲のいい部下には甘くなり、関係の薄い部下だと「それなりでいいか」となったりします。

類似性効果もこれに近いですが、関係性の遠近ではなく、似ている要素があるかどうかが影響します。同郷だったり、好きな食べ物が一緒だったり、同じ趣味があったりすると、親近感とは別に、類似性が評価に影響を与えることがあります。

問題⑪ アンカリング

アンカーというのは錨ですね。最初に何かで印象が残ると、それに後々まで引っ張られてしまい、客観的な評価基準からずれることです。

例えば、自己評価をオール4で出してきた部下には上司もなんとなく4を基準に考えてしまい、オール2で出した部下は2を基準にしてしまいます。最初に見た自己評価の印象に引きずられてしまうわけですね。同じ部下でも、2で出した時と4で出した時で上司の評価が違うという研究もあるそうです。

また、評価の直前に他の部署から「あの人、優秀だよね」と言われたり、経営者に「彼は頑張ってるね」と声をかけられたりすると、印象が残り、その前提で評価してしまいます。これもアンカリングです。

問題⑫ 確証バイアス

自分の思い込み・先入観・仮説に当てはまる情報ばかりを集め、そうではない材料を排除することです。最近のSNSやネットニュースでも問題になっています。

関心があることや見たいものにしか触れず、自分とは考え方が違う記事はタイトルだけでスルーしていると、自分の意見や願望を補強する材料だけが表示され、それを否定するような情報は入ってこなくなります。人事評価でも、先に思い込みがあると、なかなかそれと一致しない情報は入ってきません。

問題⑬ 逆算化傾向

結論ありきということです。「頑張っているからAをつけてやろう」と思っていると、そのために評価全体に色をつけてしまいます。「評価面談で厳しくフィードバックしなければ」という部下には、各要素の評価もそうできるようにつけます。本当は要素ごとに基準・定義を見ながら評価すべきなのに、評価者が得たい結論から逆算しています。

問題⑭ 初頭効果

最初の情報に強く影響を受けてしまうことです。例えば、初めて配属になった部下がいて、最初の数回のやり取りで非常に感じが悪かったとなると、その後は頑張っていて感じが悪いこともなかったのに、最初の頃の印象に評価が引っ張られます。逆もしかりです。最初に好印象を持つと、その後の接点があまりなくても、「なんとなくいい人だった」という前提で評価します。

問題⑮ 期末誤差(近接効果)

⑭の逆で、評価に近い時期の印象で評価することです。評価期間が1月から6月までだとして、実際に評価をつける7月には直近の印象しか残っていない。そうすると、たまたま5月・6月に体調を崩して調子が上がらなかった人と、1月から4月までは低調だったのに5月・6月は元気に頑張っていた人では、後者の評価が高くなりがちです。

特に中国では、このことを直感的に知っているのか、期末に近づくと挨拶をしっかりする、明らかに遅刻が減るといった社員がいます。期末誤差を逆手にとって、評価を上げようとしているんですね。

問題⑯ 感情的バイアス

評価者自身の感情的な状態が評価に影響することです。対象者の出来には全然関係なく、自分が機嫌の悪い状態で評価すると全体的に厳しくなります。逆に機嫌のいい時はみんなに対して寛大になりがちです。寛大化・厳格化が評価者のタイプによるのに対し、こちらは同一の評価者でも感情に左右されるという問題です。

中国人管理者のありがち

寛大化傾向

ここまで挙げた中で、中国人管理者に特にありがちなものの一つが寛大化傾向です。とにかく部下に甘めにつける。SABCD評価で、標準がAかS、時々B、CとDはつけたことがないという管理者さえいます。

これは、単に中国人管理者が優しいからではありません。

理由の一つは、多次評価の悪用です。結局は上司評価で日本人が調整すると思っているから、大甘につける。甘くつけるということは、いい上司と思われたい、部下との関係を損ないたくないという打算があります。最後は収まるところに収まるんだし、自分がわざわざ厳しい評価をつける必要はないと思うわけです。

自分がAをつけていれば、最終的に評価Cだった部下にも、「オレはAをつけたんだけどね。Cだったかぁ。どうしてかわからんな。しょうがないよ」みたいに自分は部下にいい顔ができます。

多次評価の調整をする立場の駐在員は、よく「ウチの評価者は正当な評価をつけられない!」と嘆いていますが、実は多次評価で調整しているから甘くつけているのかもしれませんよ。

もう一つの理由は、他部署への対抗です。評価者も実は正当に評価できるし、ちゃんとつけたいと思っているんだけど、他部署で大甘評価をやっていれば、自分の部下が割を食います。これは上司として忍びない。

「あの部署があんないい加減な仕事で堂々とS・Aを主張しているなら、ウチの部署のみんなは間違いなくA以上だ!」ということで、対抗上、甘くつけざるを得ません。これは評価者の問題ではなく、制度運用の問題です。

露骨な情実評価

もう一つ中国でありがちなのが、親近効果どころではなく、あからさまな情実評価をつけること。

特に規模の大きい現業系、営業・販売・工場の現場などに顕著です。付け届けをしない部下には低く、自分に個人的な利益(会社の利益ではなく)を誘導するために奔走している部下には高い評価をつけます。

当然ながら、ゴマスリをせず一生懸命に働いている社員は評価がずっと上がりません。これを会社が放置しておくと、上司の個人的利益にかなった社員しかその部署にはいなくなります。

【余談】
人事評価の話ではないのですが、「中国あるある」で一つ余談を。中国の社員たちは、期末誤差・期末効果を違う意味で利用することが多いです。時間切れ直前までわざわざ止めておいて、ギリギリになって決裁してくれと持ってくるアレです。

サプライヤー選定、設備の仕様選定、評価などなど、もう時間がないとなると上司も文句を言いながら認めざるを得なくなると知っていて、わざとギリギリに持ってくる。期末誤差とは意味が違うものの、何らかの対策を取っていかなければいけない問題ではあります。

これまでの解決法の限界

評価者研修では無理

先述の通り、こういった評価者の問題は今に始まったことではなく、ずーっとあります。では、今までどのような解決法が取られていたかというと、評価者に対する研修です。問題を伝え、練習を行い、評価の際は気をつけるように促します。

これで解消できるのか。全部とは言わないまでも、せめて半分、7〜8割くらいは改善できるのか。いや、本質的に考えて無理でしょう。

なぜなら、厳格化、寛大化、自己投影、確証バイアスといった問題は、評価者の価値観や人間観の領域だからです。

「挨拶もできないヤツはダメだ」という信念。部下のどこを見て「頑張っている」と思うのか。自分自身になぞらえて他人を評価すること。これらは人間のかなり根源的な価値観に根ざしています。研修くらいで変わったらむしろ怖いです。

やはり、評価者自身の自覚や知識では変わらないという前提で、対策を取っていく必要があると思います。評価者本人にアプローチしても解決しません。私が評価制度活用のサポートをする時は、この前提で取り組んでいます。

今日のひと言

個人では変えられないなら…

個人ではなかなか変えられないんだったら、個人ではないところで、というのが解決のヒントです。この話は過去のYouTube動画でも取り上げていますので、そちらの方も見ていただけると嬉しいです。

2025.02.14 note

https://note.com/daocrew/n/na40e9ebd428b

この記事を書いた人

小島 庄司Shoji Kojima

多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。
事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。