コラム
中国で社員の降格・減給はできるのか

「中国で降格や減給は難しいんだよね? 人事も難しいと言ってるし」という話、よく聞きます。さて、実際のところはどうでしょう。今回は人事制度の工夫・活用という観点から、降格や減給を実現する方法を考えます。
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中国は降格も減給もムリって本当?
私の結論=やり方はある
「中国の組織で社員の降格や減給はできないのか」という質問をよくいただきます。業績好調なうちは、こういう課題があってもほとんど流されてしまいます。ただ、昨今の事業環境の厳しさを受け、この課題と向き合う企業が増えています。
社内の人事部や顧問弁護士などに聞けば、「中国の法律では難しい」と言われることが圧倒的に多いと思います。「裁判沙汰になったら負ける」とも言われます。それは困るということで、本当は降格や減給を考えたい状況にもかかわらず、着手できていない会社もあります。
先に私の結論をお伝えすると、「やり方次第でできるが、工夫は必要」です。これは理論上できるという話ではなく、私たちの会員企業で実際に工夫して運用しているところは多数あります。実現はできるけれど、やはり気をつけて進めなければならない、ということです。
基本的な縛り
中国の法律では、労働契約の変更には労使合意が必要と定められています。会社が一方的に変えることはできません。処遇は労働契約で取り決めていますから、降給・減給の実現にはここが基本的な縛りになります。降給・減給に合意する労働者はまずいないので、人事部や弁護士が「できない」というのはこのことです。
だったら労働契約に記載する給与を、実際の支給額よりすごく低めにしておけばいいんじゃないかと思いつきます。基本給と変動給や諸手当を分け、労働契約には基本給だけ書いておく。これなら総支給額を下げても、基本給を下げなければセーフじゃないかと。
これは10年以上前に実際よく用いられました。基本給を基数にすれば、社会保険類も労使ともに負担を減らせるので、従業員側もウェルカムだったり、むしろそうするよう求めてくることもあったりしました。
でも今は無理です。労働契約に明記していなくても、実際には固定的に支給していた手当や金額を一方的に下げたり廃止したりすると「労働契約の実質的な変更」とみなされます(詳細は割愛しますが、社会保険の基数も、労働契約の約定金額ではなく実際の支給額ベースで設定する必要があります)。
ですから、実態として固定的に支給してきた給与類や、固定的に就いてきた職務・役職を会社判断でいきなり下げたり外したりすると、労働仲裁や裁判で争った際、「会社の管理は不当だ」と判断されるリスクが高いです。
すでに書面だけ整えれば大丈夫という時代ではなくなっており、会社が後から給与や役職、職務を一方的に変えるにはさまざまなリスクが伴います。それらをクリアした上で降格・降給を実現するために必要なのは「人事制度」です。
ここから「減給」と「降給」を区別します。減給は何かの処分などによって一時的に給与の一部をカットすること(3か月間給与の10%をカット、など)、降給は降格などにより給与基準を(継続的に)下方調整することとして使います。今回の話は主に降給の方です。
降格・降給を実現するための人事制度
人事制度のポイント
降格・降給を実現できる人事制度について、ポイントを見ていきます。もちろん人事制度が「ある」ことが大前提。ない場合はすぐ制度づくりに着手しましょう。
ポイント①正式導入
まずは、制度を正式に導入している必要があります。ここで言う正式とは、ボス・経営者が「今日からやるぞ!」と勝手に決めるのではなく、社員に告知し、説明会や研修を開いて内容を伝えるということ。
全部やらなくてもいいですけど、少なくとも一定の手順を踏んで社内に告知したという事実が必要です(人事制度の導入にも就業規則と同じような民主的手続きが必要かという点には議論の余地がありますが、今回は割愛)。
ポイント②運用の結果
第二に、人事制度を運用した結果として降格・降給に至ったこと。人事制度は存在するものの、そのルールを使って降格や降給などしたことがなかったのに、突然ある人にだけ適用するのはダメ。ずっと運用している人事制度で、今回の降格・降給もそれに従った結果となれば、認められやすくなります。
降格のポイント
人事制度に従って降格を実施する場合、一回の評価で即降格ということは、なかなかないでしょう。数回の評価を経て、降格条件に合致したために降格とすれば、たいていは通ります。
役職任期制を導入し、任期満了に伴って役職から外すという実質的な降格も手堅い方法です。
一方で、不適任による降格は要注意。任に堪えないとして役職から下ろし、役職と等級が紐づいているために自動的に降格というやり方は危ないです。
懲戒処分による降格もハイリスクです。実は2010年あたりまで、就業規則でちゃんと懲戒処分を規定して、その中に降格・降給を明記していれば、労働仲裁や裁判所も認める傾向にありました。ところが、時代が下るにつれ、「就業規則のルール設定そのものに妥当性がない」と指摘されるリスクが上がってきています。
降給のポイント
降格と同様、評価と処遇を連動するルール(人事制度)があって、運用の結果として降給条件に合致したとなれば、降給も認められやすいです。
適正な降格処分の結果、降格後の等級に合わせたために実質的に降給となったというのも低リスクでしょう。
また、役職任期制では、任期満了によって役職分の報酬(役職手当、役職に応じた賞与などの加算など)が消滅することで降給になります。
この三つに共通しているのは、会社判断で直接降給したのではなく、制度運用の結果として給与も相応に下がったということ。これだと通りやすくなります。
一方で、不況なので全社員・管理職の給与を一律カットする、能力不足なので減給処分にする、就業規則の懲戒に該当したから減給処分にするといった、会社判断による直接的な降給はなかなか認められません。
一律カットは揉めますし、頑張っている人の士気を下げるリスクもあります。法的なリスクに加えて、内部の経営管理上のリスクも大きいと思います。
能力不足と懲戒による給与カットは降給でなく減給ですね。これも一方的に行うと訴えられた時に不当な管理とみなされる可能性があります。
本当に「できる・できない」の話なのか

降格や降給には人事制度をうまく導入して活用していくことが大事です。ここまで紹介したように、雑な制度導入、恣意的な運用、会社判断で即時降格・降給を行うというやり方は基本的にリスクがあります。
裏を返すと、正式に導入した仕組みがあり、運用あるいは連動の結果として降格・降給となった、または同じ効果が生まれたというのは通りやすいと言えます。
さて、ここで一つ注意してほしいのは、ここまで「できる・できない」という表現で検討してきたことは、本当は司法リスクが「高い・高くない」の話、つまり裁判になった時の勝ち負けの話(に過ぎない)という点。
会社としてルールを導入して運用するのは経営の専権事項ですから、「できる・できない」で言うなら、降格も降給も当然できます。
人事や外部の専門家もごっちゃになっちゃっていることが多いのですが、「断行したら司法の場でリスクがある」ということと、「会社は断行できない/してはいけない」ということは、大きく違います。断行はできるがリスクのある課題ととらえるべきです。
会社が断行した場合、本人が納得せず、労働仲裁や裁判所に訴えたり、政府に通報して当局が介入してきた際、彼らが会社と違う見解を示すことはあります。裁判で負けて対応せざるを得なくなることもあります。
裁判で負けたり、行政から改善指導を受けたりということ自体、経営管理にプラスなわけではないですから、司法の場におけるリスクをできる限り抑制する工夫は大事です。私も案件においては常に追求しています。
でも、それは「降格・降給できない/してはいけない」とイコールではありません。会社として制度の導入・運用・適用ができないということと、社員と裁判沙汰になった際に管理の正当性が認められないリスクがあることは、分けて考える必要があります。
今日のひと言
人事労務では工夫余地が多々
降格・降給は、人事のプロなどに聞くと「いや、中国では無理です」とか「中国の法律ではできません」と言われることが多いです(上で書いたように、実はこの言い方自体に毎回引っかかっている私)。
しかし、20年以上、どうリスクを抑制しながら実現していくかを考え、実行してきた立場から言えば、工夫の余地は多々あります。
降格・降給に限りません。経営のために、全体の利益のために、どうしても会社として実現したい方針・思いがあれば、それを実現する方法はいろいろあります。
社内外の話を鵜呑みにしないで、本当にそうなのか、ぜひとも突っ込んで確かめてみてください。納得できないことがあれば、私に連絡ください。小島から「無理」と言われたら、ホントに無理かもと考えていただいてかまいません(という話も鵜呑みにはできない♪)。
この記事を書いた人

多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。
事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。