コラム
上海病とは? 中国駐在の落とし穴
上海病…といっても新しい感染症じゃないですよ。日系企業の組織マネジメントの観点から見た上海の特性の話です。上海以外の地域では上海に対して感じているけれど、上海の中にいる人は自覚がない症状。私は口が悪いので、勝手に「上海病」と呼んでいます。
記事の末尾に動画リンクがあります。
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上海と非上海の深い溝
非上海組「上海組と話がかみ合わない」
上海以外の地域に赴任した駐在員が、上海の駐在者や経験者(上海組と呼びます)に相談したときに起こる現象です。直面している問題を話すと、「え、こうすればいいでしょ」「なんでそんな難しい話になるの」「普通に対応すれば大丈夫でしょ」といった反応が返ってきます。
でも、非上海組からすれば「そんな簡単な話なら悩んでいない」「そんなやり方はとっくに試した」「だったら来て、普通にやってみてよ」という思いでモヤモヤ。話がまったくかみ合いません。
逆に、上海組にとって非上海組の言動は奇異に映ります。実際に自分もやってきたし、現地で効果も確認してきた。なぜやらないのだろう?と思います。
非上海組「上海のやり方を押しつける」
上海に投資会社や統括本部を置いている会社では、上海以外のグループ拠点は上海のやり方を押しつけられがちです。
上海組には、
・上海のやり方が一番こなれている、スタンダードだと考えている。
・上海と他地域のマネジメントに巨大なギャップがあると認識していない。
・他地域が本部・上司のいる上海に合わせるのが当然だし合理的だと思っている。
……といった傾向があります(上海の人にはドキッとしてほしい)。
このため、上海以外の人たちからは必然的に「上海の話って上から目線だし、自分中心主義だよね」と思われています。これは日本人駐在員だけでなく、上海拠点の中国人が各地に出す指示や通達全般にもあてはまります。
原因は「上海病」かも?
このように、上海組と非上海組の間には非常に大きな溝があります。溝というのは、はっきり言えばお互いに対する不信・不満・反感・嫌悪感です。そして、非上海組は常に「OKY(おまえがきてやれ)」と言いたいのをぐっと我慢しています。
……こんな状況、ウチにもあるあると感じるなら、もしかすると上海病が原因かもしれません。
上海病とは
上海病とは何でしょうか。ひと言でまとめると「上海が標準だと疑わない思考状態」。私が勝手に名付けた症状です(口の悪さはご容赦を)。
上海が悪いわけではありません。むしろ逆です。
上海のビジネス環境は非常に洗練されている。私も上海に拠点を持っていますが、行政だって不合理なことは少なく、話が早い。早くから外資系企業が多く進出していて慣れているし、上海の仕事人も優秀です。
洗練されたビジネス環境、優秀な人々。だからこそ上海病が発生します。
上海の行政や取引先や自社スタッフたちは、外国人が中国のやり方を理解も尊重もせず自国流を押しつけてきても、「それは違う」「ここでは通用しない」などと野暮なことは言いません。すっと受け止めて自分たちで対処してしまいます。
ドイツならドイツなり、日本なら日本なりの感覚のままで外国人がやってきても、いちいち自分たちの基準をぶつけたりせず、「あ、わかりました」と合わせてくれる。彼らにはそういう国際感覚があるし、柔軟性があるし、実務能力もあります。
これを経験した外国人は思います。「みんな中国は大変大変って言うけど全然いけるやん」。さんざん中国駐在は難しい、中国ビジネスはしんどいと言われてきたけど、自分がやってみたら全然そんなことない。はっきり口にはしなくても「自分の手にかかったら大したことないぜ」と思っちゃうんです。
しかーし!
上海の常識は中国の非常識。これは私だけが言っていることではなく、現地の日本人からも中国人からも非常によく聞く話です。上海の常識は、それ以外の中国全土と同じではありません。と言うより、まったく別物だと思った方がいい。
上海の人たちも「上海以外のエリアとひとくくりにして『中国ではこうだ』と言わないでよ」と思っています。もし上海のレベルが中国だというなら、他地域は中国じゃないでしょうよ、というわけです。密かに思うだけでなく、けっこう隠さず言動にも表します。
一方、上海以外の人々は「上海の連中ときたら、いつも自分たちが最高だと思っている。そんな鼻持ちならないヤツらと一緒にしないでくれ」と思っています。アンチ上海という点で、他地域の人たち同士は意気投合できちゃいます。
大真面目にお互い「一緒にしないでほしい」と思ってるのが、ちょっと面白いですね(と言っては失礼かもしれませんが)。
上海病の何が問題なのか
ここまで上海と非上海の深い溝について述べてきました。とはいえ、感覚や土地柄の違いで関係がギクシャクすることは世界中どこでもあります。
例えば日本なら、大阪弁丸出しで東京に行くと冷ややかに見られる。関西人は東京って冷たい、ノリが悪いと言う。私は名古屋近郊の出身ですが、名古屋人は「名古屋が東京や大阪より上とは思わないけれど、マウント取られてバカにされるのは腹が立つぞ」と思っていたりします。
そうした地域性の違いによる摩擦は、もちろん中国でもあちこちで起こります。でも「北京病」「天津病」「広州病」という感じじゃないです。やっぱり上海だけが「上海病」。笑い話ですまないような症状を引き起こします
問題①上海以外で通用しない
日本企業が中国に進出すると、上海にヘッドクオーターや統括、投資会社などを置くことが多いです。特に多拠点展開している会社では、上海に本部を置き、そこから他のエリアをまとめて管理しようとします。
ところが、上海のやり方が上海以外では通用しない。上海から他地域に指示を出しても反応がない、上海で普通にやっていることを同じように指示したのに誰も動かない、なんてことはしょっちゅうあります(私などは横で見ていて「そりゃ動かないよな。それで動いたらみんな苦労してないよ」なんて思います)。
興味深いケースとして、上海の中国人社員を他地域に派遣した事例があります。上海でリーダーを任命し、地方に行かせて拠点の立ち上げを担わせたところ、派遣した二人が二人ともメンタルをやられてダウンしてしまいました。
聞いてみると、何をするにもことごとく上海と違い、今まで当たり前だと思ってきたことがまったく通用しない、社内外問わず誰も動かないという状況に直面し、過大なプレッシャーとストレスで押しつぶされてしまったそうです。
この問題に直面するのは日本人だけだと思っていたら、実際には上海の人たちも同じことがあるというのは新しい発見でした。
問題②他拠点の士気/管理低下
上海に本部や統括組織があると、上海側は意識してか無意識にか「自分たちが本部だ、統括だ」と上から押さえにいくようなやり方をします(日本人駐在員がやらなくても上海の現地スタッフたちがやります)。
でも、問題①で見た通り、他地域では上海のやり方が通用しない、合理的でないことがほとんど。他地域の人たちは「ここは上海じゃねぇよ」と思っています。
でも面と向かって反論できないし、反論してもマウントを取られるだけなので、最後は「じゃ言う通りにやりますんで、問題が起きたら上海さんで責任に取ってくださいね」という感じに冷めていきます。
こんな状況で、他地域の社員たちは自分で責任を持って一生懸命に会社をよくしていこうなんて思えません。現地の管理者がやる気をなくしたり、アホらしくなって去ったり、上とぶつかって辞めたり辞めさせられたりする。その結果、現地の管理レベルがどんどん落ちていきます。
上海のやり方は上海だから通じるんです。上海はビジネス環境としての基本的なレベルが高い。そのベースがないのに、同じことを他地域で要求したら上滑りするに決まっています。この点を理解せず上海流を押しつけると、管理はうまくいかなくなります。
問題③法律と不一致
ちょっと実務的な話。中国には全国共通の法律があり、その下に地方法規や政策があり、各地の労働仲裁や裁判所にもそれぞれの判断基準があったりします。例えば、労働契約の2回目の固定期限終了時に不更新を選択できるかや、病気休暇時の待遇下限などは各地で異なります。
上海のやり方が天津ではダメと言われる。逆に上海の基準が他地域では過剰なこともある。ある地域では強制支給とされている手当が別の地域では不要だったりする。こういうところは無理に全国でルール統一するよりも、各地の規定や政策を踏まえて、その地でより公平な処遇を実現できるルールにする方が合理的です。
本部・統括機能のある上海の基準をそのまま適用すると、地域によっては足りないことも過剰なこともある。ここは注意しておいた方がいいです。
「病」と言うには訳がある
ここまで、あえて「病」という言い方をしているのは理由があります。
上海の地域性をあれこれ言いたいのではなく、中国全体のマネジメントを上海ありきで考えてしまうのは危険、と警鐘を鳴らしたいからです。
日本企業は本部を上海に置いている会社が多いため、役員クラスの主な行き先は上海に偏ります。上海駐在経験者が日本に戻って偉くなることも多いでしょう。この状況では、どうしても上海の基準を中国全体の規範・当たり前と捉えがち。
でも、あまり中国をひとくくりにせず、もう少し他の地方にも行って、上海フィルターを外して現実を見た方がいいですよ、と言いたいです。上海外の地域の方が、はるかに大きいわけですから。
今日のひと言
上海病とは日本人の問題
上海病は、上海の問題でも上海人の問題でもありません。日本人側の問題です。上海の基準が当たり前という感覚や、上海のレベルが最も高いんだから、それを中国全土に展開すればうまくいくという発想が、現地のマネジメントを危うくしているかもしれませんよ。
以上、今回は非上海組の声を代弁してお送りしました。
2024.06.14 note
この記事を書いた人
多文化混成組織の支援家、Dao and Crew 船長。
事業環境のシビアさでは「世界最高峰」と言われる中国で、日系企業のリスク管理や解決困難な問題対応を 15 年以上手がけ、現地で「野戦病院」「駆け込み寺」と称される。国籍・言葉・個性のバラバラなメンバーが集まるチームは強いし楽しい!を国内外で伝える日々。